
◆衝撃的だった銀山温泉
15年くらい前に、山形の銀山温泉に宿泊したことがあります。
伝説の朝ドラ「おしん」の舞台になった温泉街です。
もうその頃には、相当数の温泉巡りをしていました。
しかし温泉街では驚きの連続が待っていたのです。
まず車は温泉街の中に入れず、手前の駐車場に停めなくてはいけません。
最初は「なんて不便な…」と思いながら荷物を持って宿へ向かっていきました。
しかし温泉街に着くと目の前に大正時代にタイムスリップしたかのような街並みが広がっていたのです。
宿のほとんどが大正末期〜昭和初期に建てられたそうです。
川を挟んで両脇に連なる宿が視界全体に飛び込んできます。
視界を遮る車が無いことで、非日常感が際立つように感じるのです。
しばらくして気がついたのですが、電柱や電線もありません。
いち早く電線の無電柱化が行われていたのですね。
私が宿泊したのは日本秘湯の会の宿「能登屋旅館」
部屋のしつらえ、お風呂、そして食事すべてが素晴らしいものでした。
食事をしていると女将が挨拶しに来てくれて、色々なお話が聞けたのも良かったです。
ガス燈に照らされた夜景も美しく、銀山温泉の旅はいまだに忘れられない体験となりました。

◆まちづくりの秘密
なぜ急に銀山温泉のことを思い出したかというと、先日「新美の巨人たち」というTV番組で取り上げられていたため。
番組では銀山温泉のまちづくりの秘密が明かされていきます。
高度成長期、社員旅行などの団体化が進み、他の温泉地は旅館がどんどん大型化していきました。
しかし知る人ぞ知る秘境の湯治場だった銀山温泉は、宿を建て替える資金がなかったそうです。
そのため、この景観を資源として活用しようとしました。
そこで景観の専門家である、東大の堀繁教授をアドバイザーとして招きます。
堀教授は行政主導で行われていたまちづくりを住民達と協議しておこなっていくべきと説きました。
そのために宿主たちと海外研修を行い、ヨーロッパの美しい街並を見てもらい意識改革を図ります。
その理由は
まちを楽しんだことのない人に、楽しい街はつくれない
からだそうです。
そして、まず温泉街の入口から見たときに視界を遮っていた古い共同浴場を移設し、その場所に足湯を新設します。
理由は楽しそうにしている人の様子を見せるため。
これを「代理自我」というそうです。
他人が楽しそうにしているのを見ると、自分も楽しい気持ちになる理論を利用したとのこと。
また川に面した転落防止柵も工夫が施されています。
40cm低い遊歩道を作り柵を設置したのです。
そうすると危険なく視界が広がって、遠くの建物まで見渡せるようになりました。
このように随所にホスピタリティ溢れるまちづくりがされていったのです。
こういった大きな工事だけでなく、道にベンチがあることで休んでゆっくり景色を楽しんでもらうような整備も、ホスピタリティ表現だそうです。
堀教授は
人をもてなしているように見えないと、
建物がいくら立派でも良く見えない
と言います。
ホスピタリティというとソフト面ばかり考えてしまいます。
逆にまちづくりの中でハード整備を考える時、効率や利便性ばかり考えてしまい人をもてなす景観という視点を持つことはあまりありません。
しかし銀山温泉は、こういった「人間」を大事にした、ホスピタリティ視点でのインフラストラクチャー整備を継続して行うことで、いまや大人気の温泉街となりました。
あの能登屋旅館はなかなか予約が取れない宿だそうです。
まちづくりにおけるホスピタリティを如何に成すべきか、大いなるヒントが銀山温泉にありました。
*ホスピタリティについて、拙著「おもてなしを売上に変える技術」に詳しく書かれています。
ご興味をお持ちの方は、是非お読みください!!