その挨拶、誰の意思ですか?①

毎年ある時期になると、良く利用する公共交通機関の職員が、急に丁寧なお辞儀をするようになります。

今年もその季節がやってきました。

私は「あ、また接遇研修が行われたんだ」と思います。

 

沢山の乗降客が行き交う中、機械的に一定間隔で、腰から背中を真っ直ぐに折り曲げる正しいお辞儀が実施されていきます。

勿論、「おはようございます」「ありがとうございます」と、言葉を先に言ってから礼をする「語先後礼」という正しいやり方です。

乗降客の誰の目も見ず、ロボットのように正確なお辞儀です。

 

しかし、毎年一週間程度すると必ず誰もやらなくなります。

何故、そうなるのでしょうか?

 

そのお辞儀には「自分の意思」が無いからです。

 

「組織人としてやらなければ!」「やらなければ叱られる」「しないと罰せられる」と言った、「他人の意思」で行われる挨拶には誰も反応することがありません。

 

反応されないと、人はその行為に意義を感じません。

人間、意義を感じない行為は継続出来ないのです。

 

恐らく、それで必ず一週間程度でやらなくなるのだと思います。

(挨拶週間の可能性もありますが、もっと悪いですね…)

 

世の中には「他人の意思」で行われる挨拶が溢れています。

コンビニやファミリーレストランへ行くと、どこでも明るく元気な挨拶をしれくれます。

しかし、いくら大きな声で挨拶されても、心には響きません。

心に響かないから、誰も反応しないのです。

流石に接客業は、反応が無いからと言って「他人の意思」での挨拶を止めることはありませんが。

(その挨拶、誰の意思ですか?②に続きます)

 

平取町のすずらん祭りに初めて行ってきました。

可憐な花が広い敷地いっぱいに咲いている様子は、まさに「THE北海道」。

本当に圧巻です。

会場で美味しい平取牛のBBQも楽しめ、平取を満喫できます。